天才”宮川泰”の仕事

宇宙戦艦ヤマトの楽曲でおなじみの宮川泰だが、芸の幅が異様に広いのはあまり知られていないかもしれない。原曲の発表から40年を越えてなお未だに新鮮さを失わず、CMソング(キリンのどごし生:原曲 ゲバゲバ90分)で使われていると言うのはまず凄い。これに並ぶのはナニワのモーツアルトキダタローくらいしか思いつかない(キリン FREE:原曲 プロポーズ大作戦 *注 出来の悪いドラマじゃない方)。
で、宮川泰の60年代後半から70年代頭の天才っぷりはアマゾンで視聴ができる。

ゲバゲバ90分!ミュージックファイル

ゲバゲバ90分!ミュージックファイル

ここの「試聴用サンプル 1. Eye Catch~Opening Theme」
「カリキュラマシーン」ミュージック・ファイル

「カリキュラマシーン」ミュージック・ファイル

こちらの カリキュラマシーンのテーマも併せてどうぞ。

で、元々の番組の方、ゲバゲバ90分は正確には「巨泉×前武 ゲバゲバ90分!」と言うコントバラエティ番組で、一昔前の輝いていたタモリ×さんまがメインでSMAPがコントやる、みたいな勢いの番組なわけです。今だとタモリさんまはあんまり輝いていないし、TV自体が斜陽だから番組自体お金かけない方向にいってるけど。90分の放送をもの凄い勢いのギャグ連発でその合間合間をさっきのOPの冒頭にあった「ゲバゲバ ピー」のアイキャッチで埋めていくと言う、ただ単に最近の若手芸人をナニも考えずにカーペットの上で芸をさせる番組とは違って、練りに練られたネタ電話帳ほどの厚さの台本コント55号以外役者や歌手で埋め尽くされた豪華キャスティング、1秒たりとも見逃せないと言う人気番組だったわけです。
それがなんと当時の記録が発掘されこの度DVDになるという。しかもBOXなのにお手頃価格!

巨泉×前武 ゲバゲバ90分! 傑作選 DVD-BOX

巨泉×前武 ゲバゲバ90分! 傑作選 DVD-BOX

更に、4月19日にはそれを記念して特別番組も編成

ちなみにカリキュラマシーンの番組はまだですかー 日テレちん

カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX

カリキュラマシーン ベストセレクション DVD-BOX

1960年代末の名物番組「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」の貴重な録画テープが、日本テレビの倉庫から発見された。このテープを基に、番組の魅力を紹介するスペシャル番組「あの伝説のお笑い番組がよみがえる!巨泉×前武のゲバゲバ90分!」が日テレ系で19日午後2時から放送される。(小間井藍子)
「ゲバゲバ」は、1969年から71年にかけて、2シーズン計52回放送されたバラエティー番組。5秒から数十秒のコントVTRを90分間に約130本も詰め込み、その間、大橋巨泉前田武彦の両司会者が生で掛け合いを入れる手法が人気を呼び、「アッと驚くタメゴロー」など数々の流行語を生んだ。最高視聴率は26・2%。
しかし、同社には「ゲバゲバ」の映像資料は2回分しか残っていなかった。当時、業務用テープが高価で、繰り返し上書き使用するのが普通だったのと、映像を記録保存するという概念もなかったためだ。
録画テープを発見したのは、編成局デジタルコンテンツセンターの小倉徹さん(38)。日テレ本社が現在の汐留に移転した2003年に、旧麹町社屋の資料保管庫を整理したところ、「ゲバゲバ90分!#28」などと書かれたオープンリール形式テープ99本が出てきた。「音楽テープのようにも見えた」と小倉さん。それが、ソニー製の古い録画機「V32」のテープであることがわかった。
テープはモノクロで、かなり劣化しており、小倉さんは映像制作会社「オムニバス・ジャパン」に復元作業を依頼。同社にも「V32」を知る人はほとんどおらず、引退した高齢の技術者を呼び戻し手伝ってもらったという。
「ゲバゲバ」の企画・総監督を務め、現在はアメリカに住む元日テレ制作局長・井原高忠さん(79)は、「(テープが見つかったと聞いて)びっくりした。放送確認用に撮ったものが何らかの理由で残ったのではないか」と話す。
「コントは、1日で100場面の撮影を行った。大道具の入れ替えもあるわけで、1分でも遅れると収録できない。夜も寝ずに段取りを考えて、全部自分で1度やってみた」
「ゲバゲバ」のゲバとは、当時の流行語である「ゲバルト(暴力)」。放送開始時は70年安保闘争のデモが激しいころだった。収録を終えて日比谷のスタジオから出てくると、機動隊が発射した催涙弾の煙が立ち込めていたこともあったという。「この番組も、テレビに対するゲバルトだったんだよ」と井原さん。
現存する2回分のカラー映像に、復元された白黒映像の抜粋を加えた傑作選DVD(2枚組み、計226分)も22日に発売される。井原さんは、「完璧主義者の自分としては、白黒映像がくっついた不完全なものを見せるのは複雑な心境」としながらも、「命がけで作った番組。開拓者として一番面白い時代だったかも。その一片を感じてもらえれば」と話している。
(2009年4月15日 読売新聞)